【変わりゆく日本語】言葉は時代とともに変化するものとわかっちゃいるが、費やした時間が虚しい

妻が大学生の息子に、

「あんなところに置いたら湿気るよ」

と言いました。

「湿気る」をあなたはどう読みますか。

妻は、「しっける」と発音したのです。

私は「?」と思いました。

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言葉は時代とともに変化する

この場合、「しける」と言うべきでは?と思ったからです。

というのもわたし自身、実は子供の頃、「しっける」と言っていて、大学に入ってからそれが間違いだと知りました。

今から40年以上前の話です。

早速、ググってみると、今ではどちらでも良いようです。

元々は「湿気る」は「しける」が正しかったのですが、湿気を「しっけ」と読むために「しっける」が一般化して、正しいとされるようになったと思われます。

言葉は時代とともに変化します。

間違いとされた言葉も、いつのまにか正しいとされます。

しかし、その変化が急速過ぎると思います。

「世論」は「せろん」と習ったのに

今から50年前、私が小学6年の時のことです。

担任の先生が、「輿論」は「世論」と書くことになり、読みかたは「よろん」から「せろん」に変わったと教えてくれました。

私は今でもその時のことを鮮明に覚えています。

ところがどうでしょうか。

今や「世論」は、「よろん」と読む人のほうが多いと感じています。

そこでさらにググってみました。

月刊SPA!の記事が目に入って来ました。

「世論」は本誌が独自にアンケート(対象:ネット調査/18~45歳.男女100人+街頭アンケート)を行ったところ、「よろん」派が75.4%と多数だった。が、もとは「せいろん」「せろん」が正しい読みで、「よろん」は「輿論」だったという。当用漢字表の公布後、「輿」の漢字がなかったことから、「輿論」が「世論」に書き換えられ、「世論」が「よろん」と誤読され、一般化したとされている。現在ではどちらも使われている。

出典:SPA! 

やっぱり、私が感じていたとおり「よろん」と読む人が圧倒的に多いですね。

この記事には、「依存」「重複」も取り上げられています。

私も以前からこれらの言葉が気になっていました。

私は「いぞん」「ちょうふく」と読んで来ましたが、今ではアナウンサーは「いそん」と発音し、「じゅうふく」と読んではいけないとかつて習った「重複」は「じゅうふく」でも良いことになっているようです。

自分が正しいと習ったことが正しくなくなったり、間違いだと教えられたことがいつのまにか正しいとされていたりすることは、言葉の世界では非常に多く、言葉は時代とともに変化するものだと頭では理解していても、何か割り切れない気持ちが残ります。

日本語を学ぶのに割いた膨大な時間が虚しい

それにしても日本語は厄介な言葉です。

人生において正しい日本語を学ぶために費やされる時間は膨大です。

もっと他のことに時間を振り分ければ、偉大な事を成し遂げられるかもしれないと思うほどです。

にもかかわらず、日本語は急速に劣化(あるいは進化?)していきます。

若い頃一所懸命学んで身につけたことは何だったのかと虚しくもなります。

私の父の時代、手紙は候文だった

私の父は戦争に徴兵された世代で、父が若い頃に書いた手紙を子供の頃に見たことがありますが、「候文」でした。

手紙の文末に~候(そうろう)と書くわけです。

さらに、明治時代のみならず、昭和初期においても、一部の私的な書簡や外交文書[5]などに用いられた。講談社「吉川英治全集」の「書簡集」の巻(1984年)によれば、収録されている書簡で候文のものは1954年(昭和29年)が最後である(吉川はこの頃皇居に招かれているがその件での入江相政への礼状は口語体である)。

出典: Wikipedia

今は「しましょう」とか「でしょう」と表記しますが、父が若い頃は「しませう」「でせう」です。

しかし、それは敗戦という歴史的に大きな節目を迎えた後の意図的な上(国)からの変化です。

今は常時、下(大衆)から高速で変化しつつあり、しかもいつのまにか上(国)が認めざるを得なくなっている感じです。

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